修羅の国のミニマリスト

かおる先生のゆるふわ診察室

「怒らない方法」について考える。

怒らない方法

「先生、今まで怒ったことあるんですか?」

最近、良く言われます。看護士さんからも言われるし、後輩からも訊かれるし、ついには上司からまで指摘されました。安心と安全の穏健派、怒らないことにかけては割と定評のあるかおる先生です。

今日は『怒らない』について考えてみようと思います。

まず「怒る」とは何か。

おこ・る【怒る】

  1.  不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。腹を立てる。いかる。「真っ赤になって―・る」
  1.  よくない言動を強くとがめる。しかる。「へまをして―・られた」
  2. ーーーーーgoo辞書より

 まあ、辞書的な意味だとそういう話ですが。分かりやすく言うと

f:id:shuramini:20150805165452j:image 

こういうことですよね。

「怒り」の引き金はたくさんある

かおる先生は、環境にも周りの人間関係にも大変恵まれてます。ありがたいです。なので、その恵まれた環境のおかげで「怒らない」でいられているって可能性もあると思います。ただ、まあそうはいっても毎日生活してれば理不尽なことって結構ありますよねー……(注:以下愚痴になります)昼間の病院は混んでるから夜中に救急車をタクシー代わりにして来る人とか(常連)、セクハラまがいのことを言ったりやったりする人とか(死刑)、待ち時間が長いと怒鳴り散らす人とか(以下エンドレス、、、)。お仕事でも家庭でもどんな場面でも、「怒り」の引き金になることって山ほどあると思います。でも「怒る」引き金があるからといって、その引き金から「怒り」弾を発射する理由にはならないんです。結局、怒ってるときは、自分が怒りたくて怒ってるんです。この辺もうちょい詳しく説明しますねー

不快を感じない、わけじゃない

たとえば、小さい子供さんが歩いてます。小さいからよちよちだし、歩行も上手じゃないからよく転びます。転んだ子供さんは、たいてい泣き出します。「痛いの痛いの飛んでけー」って言っても、とりあえず泣きます。転ぶことは痛いし、痛いのは泣くのに十分な引き金だからです。

じゃあ、私たちが道で転んだとして泣くか?全力で号泣する人は少ないと思います。この違いは何でしょう。『転ぶ』→『痛い』という刺激は幼少期も今も変わりません。でも、成長とともにどこかの段階で、私たちは泣かなくなります。①泣いても痛みが軽くなる訳ではない ②人前で感情をあらわにして泣くことは恥ずかしいことだ、ということを学ぶからです。

『痛み』という刺激と『泣く』という実際の行動の間に、①②の思考がワンクッション入るんですね。だから泣かなくて済む。「あー痛いなー、失敗したー、恥ずかしいーー」くらいで何事もなかったかのように起き上がり、傷の手当をします。

子供:(痛み)⇒⇒(泣く)

大人:(痛み)⇒(①②の思考)⇒(立ち上がる)

って感じです。これ、怒りにも当てはまると思うんですよねー

『怒る』かどうかは自分で選べる

かおる先生も幼少の頃は怒ってました。理不尽なことには怒っていたし、不満があったらふてくされてました。許せないことも多かったし、イライラすることも多かったです。中学に入った頃くらいからかな?友人たちの影響や、その頃読んでた本の影響で俄然『怒らないキャラ』にジョブチェンして、いまではすっかり板に付きました(笑)まだまだ未熟だし、経験してない子育てフェイズにおいてもこれを貫けるかは分かりませんが、いまのところ「怒らない」のはすんごい楽です。これは間違いありません。

長くなってきたので今日はこの辺で(笑)

明日以降はかおる先生なりの「怒らない方法」について書いていきたいと思います。メニューはこんな感じで(⑅´•⌔•`)*✲゚*。

①怒るときに私たちの心で何が起こっているか

②怒ることのデメリット

③怒らないための方法

④上手に『怒り』を伝える方法

以上です!今日も最後まで読んでいただきありがとうございます♡

 

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